FC2ブログ

Photo Gallery

先日、たまたま本屋さんでみつけた本↓「老乱」 読みました。

ついに、「認知症小説」というジャンルが出てくる時代となりました。
出版されたのは2016年。文庫化は先月。
最近書かれたのかと思うくらい、内容は時代にマッチ(?)してます。


迫力満点の認知症小説って、どうよ? と思いますが、
小説なので、次はどうなるの?って感じで、ドラマチックな展開になってます。
でも、「あるある」な話がいっぱい。
  どうやって車の運転をやめさせるか、
  認知症検査にどうやって連れて行くか、
  有料老人ホームの費用をどうやって捻出するか・・・

少し前に読んだ「恍惚の人」と同じような家族構成の人々が登場します。

78歳の幸造さん(数年前に妻を亡くして一人暮らし)
その長男と、嫁の雅美さん。孫2人。
この長男家族は同じ市内に住み、車で簡単に行き来できる距離。

「恍惚の人」と大きく違うのは、長男が、介護に協力的なこと。
この小説の中で、ほっとした点のひとつです。
あとは、介護施設が増えてるってことと、
認知症に対する世間の考えが、正しい方向に変わってきていることかな。

この幸造さんは、レビー小体型認知症です。
  認知症にも種類があって、
  ほとんどはアルツハイマー型ですが、
  他にも色々あります。
レビー小体型は、無いものが見えたり、財布を盗られたなどの妄想があるそうです。
奇声を発したりもします。

幸造さんは、息子が知らない人に見えて、
泥棒が入ったのだと思い、包丁を振り回したりします。

この小説では、介護する側だけでなく、認知症になった人の気持ちも
幸造さんの日記という形で表現されています。

「アルジャーノンに花束を」を思い出してしまいました。

できたはずの事がどんどんできなくなり、
周りの人たちが自分をバカにすることへの焦りや怒り。
自分の存在価値がなくなっていく辛さ。

認知症になっていくときは、突然なるのではなく、
じわじわなっていくので、正常なときもあるわけです。
まだらボケというやつですね。
なので、正常なときに、そういう気持ちになるのでしょう。

おかん(記憶が全くないので、アルツハイマー型だと思います)が
どういう気持ちなのか、あまり深く考えたことなかったけど、
この本を読んで、もうちょっと、ちゃんと考えてあげなくっちゃ・・・と
思いました。

昨年7月から おかんの介護が始まりましたが、
認知症というものに慣れていない私は、
当初は、とにかく腹が立って仕方ありませんでした。
今言ったことをすぐに忘れて、何度も同じことを聞くのには、
とにかくイライラして、「何回も同じこと言わさんといて!」と
声を荒げてしまいました。

本人は、自分が忘れるってことを忘れているから、
「忘れるから紙に書いとき」と言っても、
「大丈夫、覚えてる」って自信を持って言うので、
「絶対忘れる。何も覚えてへんやん!」と
自尊心をボロボロにすることを平気で言ってました。

今年になったくらいから、私自身もやっと慣れてきたのか、
ひどく感情的になることはなくなってきました。
  ちょっとイラっとすることはありますが、
  大声を出すほどではありません。

そうこうする内、おかんが先月末に激しい腰痛を訴え、
ほぼ同時に食欲ががくんと落ち、急に弱ってしまったのです。
声にも力がありません。
整形外科と内科に、代わりばんこに通ってました。
腰痛の方は、なんとかマシになってきたので、
今は内科に週二回、点滴を打ってもらいに行ってます。

辛うじて自分で歩いているし、デイにも行ってますが、
本当にヨボヨボな状態で、大丈夫かいな? と心配です。
こんなに弱ってしまうと、おかんがいくらボケたことを言っても、
全然イライラしません。

今おかんがいるホームは、自立型なので、介護はしてもらえません。
なので、今回また腰痛になったタイミングに、
今後のことを考え、介護型のところに移ろうかと考えました。
介護型の老人ホームに見学も行きました(ひとりで)。
でも、まさか食欲が落ちて、こんなに突然弱るとは思ってませんでした。
もう少し元気になるまで待つしかありません。

でも、元気になってくれるかしらん。
寝たきりになったらどうしよう・・・
先が見えないのは辛いことです。
でも、どうなるかわからないことを、あれこれ心配しても仕方ありません。
今は、ケセラセラでいくしかないです。

WHAT'S NEW?